大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成元年(行ツ)8号 判決

アメリカ合衆国 ニユージヤージー州 プレーンスボロ、

プレーンスボロ ロード 五〇一番地

上告人

プリンストン ポリマー ラボラトリーズ、インコーポレイテツド

右代表者

ドナルド イー・ハジン

右訴訟代理人弁理士

三宅正夫

右訴訟復代理人弁護士

井出正敏

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 吉田文毅

右当事者間の東京高等裁判所昭和六二年(行ケ)第一七四号審決取消請求事件について、同裁判所が昭和六三年七月二六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人三宅正夫、同復代理人井出正敏の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、期間徒過を理由に上告人の審判請求を却下した本件審決に違法の点はないとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 貞家克己 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 坂上壽夫)

(平成元年(行ツ)第八号 上告人 プリンストン ポリマー ラボラトリーズ、インコーポレイテッド)

上告代理人三宅正夫、同復代理人井出正敏の上告理由

一、 事実については、上告人が原審において主張したのとおりであるが、再説すれば以下のとおりである。

(一) 上告人は、昭和六〇年七月五日(遡及出願日、昭和五九年七月二六日)「含金属ポリマー混合物及びその製造方法」につき特許出願(特願昭六〇-一四六八八二号)したところ、昭和六一年六月一三日拒絶査定を受け、同月二三日その拒絶査定謄本が郵便物として本件特許出願人である上告人の代理人弁理士三宅正夫事務所に送達された。

前記弁理士事務所において郵便物の受領事務は同弁理士から雇傭されている事務員が取り扱っており、前記謄本を受領したものも前記事務員であった。

ところが、前記事務員はこの謄本を受領すると直ちにこの謄本上に同事務所に備え付けてあるゴム印にて「OCT 22 1986」の日付を押捺した。

これは前記拒絶査定に対する審判を請求する期間の最終日を「一九八六年(昭和六一年)一〇月二二日」と考えて前記日付を押捺したものである。

しかし、前記日付は本来、同年一〇月二一日とすべきであったところ、これを誤って同年一〇月二二日としたものである。

(二) 昭和六一年一〇月一四日上告人のアメリカ合衆国所在の代理人クッシュマン、ダービー、アンド、クッシュマン法律事務所のアルビン・グッタークから三宅正夫弁理士事務所に対し同年同月八日付書面にて、前記拒絶査定に対する審判請求および明細書の補正の指示があり、また同年同月九日付書面にて出願名義人の変更の指示があった。

同年一〇月中旬から同月下旬にかけて同弁理士は外国へ出張中であり、その間拒絶査定に対する審判請求、明細書の補正、出願名義人変更等の実務は、同弁理士事務所に所属する弁理士が担当していたが、右担当弁理士は、補正のための翻訳等のため時間を要するので、審判請求を期限の最終日に行うべく準備するよう事務員に指示した。

この指示に基き、前記事務員は上述の拒絶査定謄本上に押捺してあった「OCT 22 1986」の日付を審判請求の期間の最終日と信じていたため昭和六一年一〇月二二日に間に合うように書類をタイピングし、同日本件審判請求書を特許庁に対し提出に及んだものである。

(三) しかし、前記審判請求は法定期間を経過した後の不適法な請求であり、その欠は補正することができないものであるとして、昭和六二年三月二七日審判請求却下の審決がなされた。

二、 しかし、上告人は右の事実に基き、上告人には特許法第一二一条第二項に規定する「審判を請求する者がその責に帰することができない理由」があるものとして、救済を求めるものである。たしかに前記条項については、従前極めて厳格な解釈が行われ、天災地変ないしこれに類する事態に限ってこれを認めて来た。

従って本件におけるような、審判請求人の代理人の事務補助者の過失に起因する場合であっても、審判を請求する者の責に帰することができない理由には当らないとされて来ている。

しかし、このような解釈に対しては従前から厳格に失するという批判も行われて来た。

しかも、最近のように工業所有権関係事案の大量化、複雑化、国際化とこれらに伴う弁理士事務所の実務の変容、特に多数の事務補助者を要する実情に鑑み、このような事務補助者の過失に起因するやむを得ない期間経過は、救済されて然るべきものと思料するものである。

なお、これに関連してヨーロッパ特許庁の審判においても、出願人の代理人である公認代理人の事務員で「口授された文書タイピング、手紙、小包の郵送や定められた期間に注意するなどの定型的な仕事をすることを事務員に任せている場合、出願人または代理人の場合に考えられるのと同じレベルの注意に対する厳格さを期待できない」とし、このような事務員の過失に基く期間の不遵守を救済している。(ヨーロッパ特許庁法律抗告審判廷審決、一九八一年七月七日、J05/80。国際特許法務研究会編EPO審決集、第二巻、二二以下)この審決の趣旨は、その後の審決においても踏襲されている。(ヨーロッパ特許庁技術抗告審判廷審決、一九八五年四月一六日、T191/82。前掲書第九巻一二八以下は、前記一九八一年七月七日審決を援用してこれを踏襲するものであることを明記している。また同庁法律抗告審判廷審決、一九八二年七月二三日、J07/82。前掲書第三巻四八以下も、同様の趣旨によるものと思われる)

このようなヨーロッパ特許庁による救済例は、偶然的な単発例ではなく、前述のような工業所有権関係事案の大量化、複雑化、国際化と、これらに伴う弁理士(公認会計士)事務所の実務の変容、特に多数の事務補助員を要する実情に鑑み、ヨーロッパ特許庁においてその救済措置に出たものと解される。

上記のような実情は、わが国においても同様と解されるので、従前の判例を変更して救済措置が行われるよう求めるものである。

なお、引用したヨーロッパ特許庁の審決は、原審に提出してあるので御参照されたい。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例